絆をむすぶ 新たな親子のカタチ
里親体験談
- 養育里親 Mさん
- 一人の里子を育てて十年が過ぎました。里子には生まれつきの病気があったため、「育てるのは大変なんかなー」「何とかなるかな」とかそんなに深くは考えず育て始めました。最初はお医者さんや訓練士さんと話し情報を集めました。
子育てをしている中で、ある訓練士さんが同じ病気のこどもを持つお母さんとつないでくれたおかげで、色んな情報を得ることができ、その病気の会にも参加することになり、“共感”が得られるようになっていきました。病気の症状を調べていくと「できないこと」がたくさんありました。でも、できないと思い育てていくと標準的な成長ではないが、ゆっくり成長するのが見えると感動に代わりました。「5歳のクリスマスに補装具を着けて初めて一人で歩いたこと」「運動会の徒競走に出られたこと」「自分の名前を家族以外に言えたこと」「感じることを理解すること」「楽しそうにテニスをすること」何でも一生懸命頑張って、わからない時もうれしい時も困ったときも、私の顔を見てきます。
いつか独り立ちできるようにと思いますが、私の方が離れることが出来るかが心配です。多くの関係者からたくさんの愛情を受け、この子は育っています。私自身のこどもたちが自立し、家族のつながりも少なくなりつつあった中、里子のおかげで家族の理解と協力を得られ、今では強い味方になっています。
「私、里親なんかできないわ。よく頑張るね」と時々言われることがありますが、私は、頑張っているつもりは全くありません。病気を通して、県内外、同じ病気の親や看護師さんや訓練士さんとのつながりに加え、最近は里親さんやその関係者ともつながり、一から説明しなくても分かってもらえる人たちがたくさんいます。色んな人の話を聞くと励みになります。里子と暮らしたことで、多くのことを経験し多くの人とつながることができたことは、私の宝だと思っています。
- 特別養子縁組里親 Aさん
- 私達夫婦が里親に関わる事になったのは、結婚して十年が経ったときでした。それまでは不妊治療をしていましたが、色々と負担が大きくなり、夫婦で話し合った結果断念することになりました。その時にお互い個々で里親、養子縁組を考えていたこともわかり、改めて里親について詳しく知りたいと思い児童相談所に話を聞きに行き、里親になるための研修を受けました。
研修を受けしばらくしてから、これから生まれてくるこどもで養子縁組を希望しているというお話をいただきました。すぐに家族、親戚と話し合いました。急な話ということもあり、少し反対もありましたが、巡り合わせと思い話を受けました。
こどもが産まれて二日後に私達は初対面しました。嬉しさ、愛おしさが心の中を占め、指をギュッと握ってくれたことは今でも覚えています。
こどもが退院してからは乳児院にほぼ毎日通い、職員の人に教えてもらいながら育児を覚えていきました。一月ぐらい通った後、初めてこどもが私達の家に来ました。慣れていないので大変でしたが、自分達の家で育児をする嬉しさがあり、問題なく過ごすことができました。最初は一泊の予定でしたが二泊、三泊となっていきそのまま家での生活となりました。
こどもが家で生活して半年過ぎると、家庭裁判所に養子縁組の申請ができるようになったので、すぐに申請をしました。調査や家庭訪問などを経て、養子縁組が成立し家族になることができました。こどもが産まれて一年ちょっと過ぎでした。家族になって四年が経ち、こどもはいま五歳になっています。毎日保育園に通い、お友達と元気に遊んでいます。今年インフルエンザを初めて体験しましたが、順調に育ってくれています。そのことが私達夫婦にとってなにより嬉しいです。
- 週末里親体験談 Sさん
- 不妊治療をしましたが、金銭・体力・精神の面でつらかった私は限界を感じ、降参しました。以前保育士として働いていたこともあり、我が子に恵まれなくても私には園児がいる!仕事頑張ろうって職場復帰しました。
そんなある日、友人から里親制度を聞き関心をもちました。私の夫は一見怖そうな髭面・図体ですが、両親からたっぷりの愛を注がれて育った情の深い人です。“この人となら里親をしたい、きっとできる、大丈夫”と考え、相談しました。2つ返事で研修を受けることになり、週末里親に登録しました。ドキドキして待っていた昨年の春、ご縁を頂きました。
ちらっちらっと私達を見る女の子。初対面は10分もなかったですが、次の週は近くの公園でブランコ遊び。次は昼食と公園。少しづつ時間を延ばしていき、1か月後には家で過ごしました。夏休みには1泊も出来、この頃には私よりも夫に甘える姿が多くなりました。「今日はどこ行く?」「家行く!!」笑顔もたくさん見られ、嬉しかったです。一緒にサンドイッチやお菓子を作ったり楽しい時間もあれば、「イヤ」「違う」と否定や拒絶が多いこともありました。夫と話し合いもしましたが、不安や悩みは先生方にすぐうちあけ相談しました。おかげで、力まず前向きになれ、早く会いたいと待ち遠しかったです。
冬には終了となり、実際共に過ごした時間は少なかったけれど、かけがえのない貴重な経験に感謝しています。 新たなご縁を今は待っているところです。
- 里子体験談 Aちゃん
- 私は、里親の元で育ったことを一度もこうかいしたことはありません。私には生んでくれた母との記憶がまったくなく、それどころか母がいまどこにいるのかも分かりません。それでも「会って話してみたい」「どんな人だったんだろう」と思ったことはあっても、さみしいと思ったことはありませんでした。里親の人といっしょにすんでいる人たちがそばにいてくれたからです。さみしくはなかったけど、本当の親といっしょに住んでいる子たちがうらやましかったです。もっとつらい環境の子たちだっているから、里親の元でくらしている私は、幸せ者なんだと思っているけど、それでもうらやましかったです。
大きくなったとき、私には二人の妹がいることを知りました。そして母の写真も見ました。初めて見た母と妹たちを見れてとてもうれしかったことを今でもおぼえています。二人の妹は、それぞれ別の里親の元でくらしているけれど、たまに会っていっしょに遊んだりしています。
里親の人たちの元で育ったことをこうかいはしていませんが不満に思ったことはあります。人との相性というものがありますから、それが合わなかったり、人が多すぎてにぎやかすぎたり、ささいな不満は持ちます。だけど、けんかをしても、血はつながっていなくても、やさしく本当の家族のように接してくれる人たちが私は大好きです。絵本で見た物語のように母も私を愛してくれていると、いつか会えるときがくると信じています。




